(1日目)
まずはイスラマバード国際空港へ
成田11:45発のタイ航空便でバンコック17:05着(時差2時間)、19:45発の同じくタイ航空便で、イスラマバード22:20着(時差4時間)、都合15時間近くの長期フライトでした。食事もおいしく、また乗り継ぎ時間が短く慌ただしかったですがトランジットも入国もスムーズに進行、快適にイスラマバードに降り立ちました。
早朝だったこともありますが、インドのイメージで、三輪自動車(トゥクトゥク)やバイクがひしめき合い、ゴミが散乱といったイメージは完ぺきに裏切られました。ラマダン(断食)明けの休日だったこともあるのでしょうが、街は静かでした。
(2、3日目および6,7日目)
フンザは遠い
フンザは首都イスラマバードから700キロ近く離れた場所、東京から岡山までを一般道で行くと考えてください。そういう訳で、早朝6時に出発、途中、チラスで1泊していきます。
両者をつなぐ道は主にカラコルムハイウェー(N‐35号線)、このハイウェーは中華人民共和国新疆ウイグル自治区最西部とパキスタンのギルギット・バルティスタンを結ぶ、古代のシルクロードをなぞった道で、一帯一路の一部をなします。
道は途中までインダス川、ギルギット川に沿って、険しい、そして崩れやすい崖を切り開いて作られています。
道は完全舗装、崖、それも崩れやすそうな崖に沿って走るので、崖崩れが心配ですが、快適な道路です。
道路標識や街の看板も、ローマ字表記がたくさんあって、旧インドのなかでもインドやバングラデッシュと異なります。
走っている車はほとんどトヨタでした。中国製がたくさん走っているかと思ったら意外でした。
沿道の生活、人たち
沿道には、のどかな田園風景が拡がり、ところどころで活気のある街が見られます。ただ、女性の姿はあまり見かけません、街にいるのは男のみ、女性は家事、外出は男がついて行くのだそうです。イスラムということもありますが、現地のカルチャー? ちなみにフンザは全く様相が異なります。
右の流れはインダス川。
右の写真は、これでもバス。車はハイエース、ぎゅうぎゅう詰めの車内に加え、屋根の上、後部のぶら下がり、これらひっくるめて30人程度は平気で乗車、運賃はどれも同じだそうです。女性はどうするんでしょうかね、いえご心配なく。女性は出歩きませんから。
この国の人、車を大事に装飾します。デコトラはここの名物ですが、その写真はいずれまた。
トイレ休憩した場所が楽しかった
ところどころ休憩所があります。ドライブインといった感じの近代的なものもあれば、昔ながらの峠の茶屋といった風情のものもあります。ここなんか川沿いに建物が並んでいて昔の湯治場のような雰囲気、食事も出しており、いくつかのグループが男女別に食べていました。水が豊富なようで、清潔そうでした。
釜に薪をくべてナンを焼いていましたが、パンパンという音をさせて、カメラをむけると得意そうに笑っていました。チャイも入れていますが、この国のチャイは、インドと比べるとさほど甘くないみたいです。
休んでいる人をみると、スマホをかざしている人はいませんでした。特に田舎ではあまり普及していないようです。
ハイウェーはボトルネックだらけ―ダム工事
ハイウェーは山道ではありますが道路の舗装状態も良く、快適な道路です。さほど交通量もなく、順調に流れるときは順調です。ですが、ですが問題はダム工事と随所にある検問所。
まず、ダム工事。インダス川をせき止めてダムを造る工事がすすめられていて、工事現場あたりは、作業車がはしりまわるせいか道路が荒れています。発破の時間か何かわかりませんが、時々交通をとめるようです。帰り道なんか、事前に工事予定を調べ早朝4:30に出発したのに、なんと4時間も待たされました。
工事現場は厳重に目隠ししたうえ、鉄条網が施されています。右の写真は中国人の宿舎だとのことですが、ここにも鉄条網。逃亡防止?まさか。
あと3,4年もしてダムが完成したら、今のハイウェーは水没してしまうので、左のように新しい道路がつくられています。
また、落石を取り除く工事なんかもあって、作業が終わるまで、長時間待たされるのですが、どの車も、車内で、あるいは外に出ておとなしく待っています。(右)
ハイウェーはボトルネックだらけ―検問
ダム工事では全員が平等に停められるのですが、外国人だけ止められるのが検問。
ところどころで停めらその都度運転手さんは乗客の明細を提示します。
おおむねそれでパスなのですが、時には乗り込んできて人数を確認したり、ひどいときには本部に照会したりして、長いこと停められます。
最悪だったのは、途中1泊予定のチラスの町に入る前、どこの国の人か前のグループの一人が引っ掛かり、そのあおりを食って、それが終わって順番が来るまで1時間以上待機させられました。
ガイドさん曰くは統計目的とのことのようですが、そうじゃないでしょう。
特に帰り道、折しもイラン、アメリカ間の停戦交渉を控え、外国要人が多数来ているようで、厳重でした。
管区によっては、警官が乗り込んできて、次の検問所まで同乗、さらに先導車付きというVIP待遇。どうも観光客へのサービスのつもりのようで、警官は銃をみせてくれたりフレンドリー。
途中チラスで1泊
そんなこんなで、早朝から夜半まで一日中走りっぱなし、乗客は暢気なものですが、運転手さんはホントにタフ。居眠りもです疲れた風もみせず、一人ひたすら運転、到着したら荷物の上げ下ろし、ブラックだなんて文句はいわず本当に見上げたものです。
途中チラスで1泊しました。古いながらなかなか瀟洒な建物、12時過ぎると停電ということですが、感心なことにお湯も出ました。帰りにも1泊しました。
部屋には左の写真のように厳重?な鍵。フンザ観光客が主な利用者とみえ、右のようなポスターが貼られていました。
岩絵がいっぱい
チラスのそばに岩絵(岩刻画)がたくさん残っています。みせてもらったのは往きに1か所、帰りに1か所ですが、あちらこちらに点在しているようです。
古くは紀元前数千年紀(新石器時代・青銅器時代)のものがあるなんて説もありますが、主には仏教が広まったクシャーン朝時代(1世紀頃)からインド・パルティア時代(1世紀頃)、10世紀ごろにかけて刻まれたもので、シルクロードを行き交う商人、仏教徒、ヒンドゥー教徒らが、インダス川の氾濫がおさまるまで待機するとき、暇つぶしに掘った落書きともいうべきもののようです。宗教的なものがたくさんありましたが、それだけでなく様々な絵がありました。さすがに便所の落書き見たいのはなかった、あるいは残っていませんでしたが。
一部はデジタルも含め何らかの形で保全するのでしょうけれど、何分にも重たい代物、大方は2030年頃までにダムの底にしずんでしまうようです。
あたりの川を見ると、対岸に家や、段々畑が。こんなところにまで、たくましいなと思ったら、どうも、ダムの補償金めあてのでっちあげだとか。たくましい。
足湯ならぬ指湯
ところどころ滝があったりして、車を洗ったり水浴している風景がみられます。
・カラコルムハイウェー沿いでインド亜大陸がユーラシア大陸に猛烈な勢いで衝突しているため、地層には巨大な断層が無数にある世界で最も地殻変動が激しい場所の一つとなっている。
・地表に降った雨や雪解け水が、この断層を通って地下深くへと入り込み、地熱で温められ、温められた水は軽くなるため、再び断層を通って一気に地上へ噴き出す。
・これが非火山性の温泉(深層熱水)で、日本でも有馬温泉などが該当する。
足湯をする時間はなかったので、指先だけつかりましたがいい湯加減でした。
フンザが近づき、遠くに高山が
次第にフンザが近づき、ギルギット市手前から、インダス川ともお別れ、支流のギルギット川、上流のフンザ川に沿っていきます。
この川の分岐するあたりは、ヒマラヤ山脈、カラコルム山脈、ヒンドゥブシ山脈のぶつかるところで、それぞれ緑色っぽい、黒い、崩れが多い、という特徴があるのだとか。
パキスタンは8千メートル以上ある山14座のうち5つを擁するのだそうで、この分岐点前後のハイウェーからも7000メートル以上の山々が見えてきます。
どれがどれだかわかりませんが、ラカポシ(Rakaposhi 7788m)、ドマニ(Domani)、ハラモシ(Haramosh 7409m)といった7000メートル以上の高峰、そして8126メートルで世界9位の高さのナンガ・パルバット (Nanga Parbat)が臨めます。





















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