2026/04/15

パキスタンの桃源郷フンザへのツアーに参加(その4 イスラマバード、タキシラ)

(6日目、7日目)

早朝4:30発でフンザを離れ、一路イスラマバードを目指します。来た道と同じで、途中、チラスで1泊するのも同じです。イスラマバードの宿についたは、7日目の深夜22時。途中泊まったチラスでは4:30出発ですから、途中休憩時間や待ち時間いれて17時間半の長い行程でした。 

ちなみに往きは、イスラマバード6時出発、20:30チラス着で14時間30分 チラス発8:30 カリマバード15:30着で7時間 合計21時間30分、復路はフンザ・カリマバード発9:00 チラス18:00着で9時間 チラス4:30 発、イスラマバード 22:00で17時間30分で合計所要時間26時間30分、休憩時間や待機時間も含めてではありますが、運転手さん本当にお疲れ様でした。

沿道の様子などは(その2 カラコルムハイゥエー)をご参照ください。

(8日目)

デコトラや面白い自動車たち

ここでは、道中、あるいはイスラマバード到着後に出会った車たちについて触れておきましょう。

日本ではあまり目にしなくなったデコトラですが、ここでは路上などで、よく見かけます。下の写真のようにコテコテのはともかく、多くのトラックは多かれ少なかれお化粧しています。



デコトラのおこりは、昔のラクダ。通商路でラクダを提供するのを商売にしていたひとたちが、ラクダを飾り立てて、客の目を引くと同時に、元気のないラクダなどの弱点を隠す目的で飾り立てたのが起源だそうです。









右は、我々を運んでくれたバス、トヨタキャラバンのフロントガラスですが、Masha Allahとは、神の思し召し、神のみ心のままに、転じて「神のご加護を」といった意味で、多くの車に書かれています。「交通安全」といったところでしょうか、いえ、もしかしたら商売繁盛も込められている?

あと、多くの車が、黒い布を後ろ両側にぶら下げています。厄除けのおまじないのようです。




左の車、赤いエンブレムはレクサス。こんなレクサスがあったと、後ろに回ってみたらカローラフィルダーと書いてありました。右の奴、日本の中古車で日本語そのまま残しているのは、アジア各国でよく見かけます。バスなんかでは行き先表示版まで、其の儘だったりして、要は日本の中古車=高性能という印。でもこいつは、ちょっと違いますね。





在日パキスタン人といえば中古車業なんだそうです

在日パキスタン人は3万人弱おられます。中国、ベトナム、韓国、フィリピン、ブラジル、ネパール、インドネシアなど(戦前の移民という歴史的経緯のあるブラジルを除き)アジア勢が上位をしめていますが、その中では少数派。ただ、他の外国人グループと比較して「起業家(個人事業主)」の割合が高いのが特徴で、ITエンジニアや企業の経営・管理職も多いのですが、多くを占めるのは中古車・中古部品の貿易業だそうです。中古車オークションでの買い付け、解体、輸出などを手掛け、販路はパキスタンだけでなく、ロシアやUEA、アフリカ諸国など手広くやっているのだそうです。一つの理由は同じ右ハンドルであること、もうひとつは、1970〜80年代、パキスタン政府が在外自国民に対し、帰国時に車を持ち帰ることを奨励する制度を設けていたためと言われます。富山県射水市周辺は「イミズスタン」と呼ばれるほどパキスタン人コミュニティが定着しており、日本の物流や中古車流通において欠かせない存在となっているのだそうです。

以上は帰宅してからAI(Gemini)で調べた情報ですが、パキスタン人、侮れません。

世界遺産タキシラ

イスラマバードの郊外30キロほどの場所に、ガンダーラ最大の仏教遺跡タキシラがあります。都城址シルカップ、ジョウリアン僧院址、博物館を見物しました。

駆け足でまわりましたが、実はすごいところなんだそうです。

シルクロードの要衝に位置し、仏教寺院やイスラム教のモスクなどを含む先史時代からイスラム期までの多様な遺構が残る遺跡群で、アジアとヨーロッパの文明が融合した過程を示す重要な記録となっています。

特に以下4つの居住地跡が、インド亜大陸の都市発展と外部文化との交流を物語っています。
・サライカラ:新石器時代、青銅器時代、鉄器時代の居住の痕跡が残されている。
・ビール:紀元前6世紀にアケメネス朝が築いたとされるタキシラの「都市」としては最古のもので、石壁や家屋の基礎、街路などに都市化の遺構が残されている。紀元前326年にアアレクサンダー大王が凱旋入城したことでも有名。
・シルカップ:紀元前180年頃にギリシャ人によって築かれた都市で、碁盤目状の都市に配置された家屋や仏塔、寺院などにはヘレニズム時代のヨーロッパ建築の影響が強く見られる。
・シルスーク:クシャーナ朝が築いた、中央アジア様式の影響が見られる都市。不規則な長方形の切石積みの城壁と丸みを帯びた堡塁が残っている。

これら1世紀から5世紀に全盛期を迎えた遺跡群は、アジアとヨーロッパの文明が融合した過程を示す重要な記録となっています。

(以上、「世界遺産ナビ」(筆者:達川 恭之氏)をもとに要約しました。)

どれが何なのか、重要性がよくわからないままに、以下、ひたすら写真を張り付けます。

グランドトランクロード(王の道、大幹道)

バングラデッシュのチッタゴンからアフガニスタンのカブールに至る南アジア最古最長の幹線道路、王の道ともいわれいる由緒ある道路です。なぜタイ航空が説明の看板(青い奴)を出していました。石畳の道がそう?何があるってもんじゃなく、あ、そう、でおしまい。







ジョウリラン僧院

紀元前後からクシャーナ王朝時代(2〜5世紀頃)に繁栄した僧院跡だそうです。
小高い山の上にあり、階段を247段も登りました。付近に軍事施設があるそうで、警官が同行するというものものしさです。もしかして、核施設?




厳重に2重の網で覆われたケージの中に入っていきます。
















247段の階段を上がってきただけに、景色は抜群でした。




シルカップ

紀元前2世紀ごろの都市の遺跡で、仏教寺院、仏塔、お店の跡などがあります。











タキシラ博物館

1928年イギリス領インド時代に建てられたものです。ストゥーパの台座、ガンダーラ仏、道具類などが展示されています。




金色の展示物はブッダの遺骨、付近のストゥーパから発見されたもの。右の容器の中に納まっているごく小さなものです。







右の装身具をつけた妖艶な女性はだれかわかりませんが、当時の女性の姿だそうです。





イスラマバードのスーパーやお店でお土産の買い出し

最後にスーパーマーケットに連れて行ってもらいました。高級スーパーなんでしょうけれど、なかなかの品ぞろえ、少なくともお金持ちは豊かな消費生活を楽しんでいるようです。













私はというと、このスーパーで、スパイスなどを購入、別途フンザで買い求めた、アプリコット、杏子の種、ドライマルベリー、手造りのマルベリー酒などもあり、帰りの荷物はパンパンでした。

 

お土産屋さんや宝石商がならんでいるエリアですが、整然としていてきれいです。




そんなわけで、23時20分発のバンコック行きタイエアー便にて、帰国の途につきました。途中バンコックでの乗り継ぎを経て、翌日の15:55に成田空港に帰着しました。2日がかりでの往復で実質フンザ滞在は行程の半分ほどではありましたが、中身の濃い、よいツアーでした。



読んでくださりありがとうございました。普段から健康に気を配られて、機会をみつけ元気に旅行に出られますように。

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