2026/03/14

バングラデシュは意外とよかった(その2 モハスターン仏教遺跡など)



(2日目)

2日目はダッカからボグラを経て、ディナージプールに向かいます。まず、ボグラ近郊にある最古の都市遺跡、モハスターン(Mahasthan)をめざします。

市内からボグラへ

街は意外と整然

ホテルはオールドダッカ付近だと思うのですが、道は広くてきれい、祝日でお休みだったせいかもしれませんが、拍子抜けするくらい静かでした。
ここがツアーの欠点なのですが、自分の足でゆっくり市内全域を歩き回る機会がなかったので、ホテル周りと車窓からの風景だけからの感想ですが、一部スラム的なごみごみしたところがあるだけで、思ったよりきれいでした。
ベトナムやカンボジア、インドといった国ばかり歩き回って感覚がマヒしているのは否めませんが、今回の旅行全体をとおして道路の整備状況もよく、とても「混沌」といったイメージから程遠かった。察するに、ひとつは、トゥクトゥク(ここではCNGと呼ぶ)やモトといわれる電動三輪車が主で、モータリゼーションがすすんでいないことと、もしかしたら外国の援助のせい?






発展途上国おなじみの電線の束。でもあまり見かけませんでした。
緑色がCNG(タイでいうところのトゥクトゥク、右に見えるのがオトといわれるものの一種、自転車をベースにしたものや、バイクを改造したものなどいくつかのパターンがあります。


どこに行っても、この手のお菓子類を並べて、またぶら下げている店が多い。野菜や肉は自給するか市場で買いますが、小腹が空いたときにつまんだり、子供のおやつにする袋菓子は、こういうところで買うのでしょう。





村の教会

途中、ガイドさんと運転手さんが、道を聞いたり何やら探し物。やがて村の中に入っていきます。わーい、村の中を見られるラッキー。

村の教会(モスク)です。横手にある水道で手足を清め、裸足になって入っていきます。ここのモスクは男のみ、女性方は自宅でお祈りするそうです。
モスクの前をうろうろしていると、好奇心いっぱいの子供たちが集まってきます。みんな可愛い。中には、大人も一緒に写真を撮ってくれなんて言ってくる、左の写真はそのひとつですが、兄弟?親子?、撮った写真を持ち帰られるわけでもないのに、何が嬉しいんだろう。(当人承諾なのでボカシは入れていません。) 豊かな村ではないと思いますが、人々の服装はこじんまりしています。



村の風景です。売れれているのは、牛の飼料用の草。




左は藁ボッチ、別な場所ですが、家と見まがうくらいの大きさで家形につみあげたのもいくつか見ました。これも飼料です。右で干しているは、牛が食べた結果の生産物。燃料にします。



モハスタン

モハスタンは8世紀から12世紀頃に栄華を誇ったパーラ王朝時代に建てられた仏教の都市遺跡。旅行社からもらった解説書によると、バイラギル・ビタ、ゴビンダ・ビタ、パラシュラム・コドル・パタル・ビタ、マン・カリル、クンダパレスなどが発掘されたとあります。

ゴクール・メド (バショゴールBehular Bashor Ghor – Gokul Medh)

まず、ゴクール・メド、修道僧が住んでいたと思われる172の部屋からなるとのことですが、上に上ることができます。6世紀ごろに仏教僧院が作られ、その後11世紀ごろにヒンドゥー寺院ができ、そして廃墟になっていたものを、ゴクルさんという人が、家を作るとき発見したのだそうです。
部屋には新婚夫婦が初夜を過ごすブライダルハウスとの伝説もあるとか。




マザールモスク

そばにあるモハスタンマザールモスク(Mohasthangarh Central Jame Masjid)に立ち寄り、
選挙に当選した人も来ていたようで、党のシンボルである稲ををつけた、高級車も停まっていました。


ポルシュラム宮殿跡と生命の井戸

さらに少し移動、Parchuram’s Palaceへ。





井戸の横には生命の井戸(Jiyat Kunda)と書かれた看板がありました。
18世紀ごろに作られ、ポルシュラム王が戦死した兵士を蘇生させようと作ったもので、敵軍により魔力を封じられたという伝説があるそうですが、ただの穴、下手するとゴミ捨て場の風情。
付近は人々の公園のようになっており、トマト畑があったり、のどかな場所です。





博物館(Mahasthan Rchewological Musiam)とゴビンダ・ビタ (Govinda Bhita)

モハスタン博物館は有料、よく手入れされた庭園の中にあり、仏像やテラコッタなどが展示されていました。でも、撮影禁止だし、素養がない私には、印象が薄く、ここで紹介できません。
ゴビンダ・ビダはカルタヤ川沿いにある寺院跡です。土塁が残っているだけで、ここものんびりした場所です。







街道風景


当日は、ボグラから160キロほど南下してディナージプールの国営ホテル泊。
最初の写真は、道路をあるいていた象。ほかでは見ませんでしたが、どうも、乗り物として使っているというより、恐喝の道具のようです。車の窓をたたいてお金をねだっています。断ったらどうなるかわかっているだろうな。

以下、途中のスナップです。



鉄道は広軌と狭軌が混在しているようです。線路はどこまでもまっすぐ伸びています。









日も暮れてきました。写真ではよくわかりませんが、真ん中左寄りはトラクター、ほかに人影がいつか見られます。農機の導入も徐々にすすんでいるようです。
うまく写真に撮れませんでしたが、横一列に並んで、田植をするよ光景もみられました。田植歌なんか歌いながらやっているのかな、通りすがりの車の中では聞かれませんが。


国営のホテルが全国にあるようです。昼食のレストラン利用含め、数か所お世話になりましたが、どこも綺麗にしています。外国の旅行者が多いとも思えませんし、庶民が旅をするには程遠い、商人宿としては立派すぎ、中産階級向けなんですかね。ほかの客の姿はみかけませんでした。





ホテルの庭には、モスクと手足を清める水場がありました。













復元図











道をゾウが。目的はお金の要求。断ったら怖いですもんね。








手作業で植えられた水田、苗がきれいに並んでいます。


やたらと幅の広い列車と普通の広軌が併存しているので、こんな線路になっています。

























読んでくださりありがとうございました。普段から健康に気を配られて、機会をみつけ元気に旅行に出られますように。

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