2025/07/31

インドのチベット世界ラダック(その7 レーの人たち:へミス祭、ほか)


今回はゴンパなど施設観光を離れて、へミスのお祭り、民家訪問、バザールといった「暮らし」寄りの話題でまとめています。

灼熱のへミス・ツェチュ祭

今回のツアーは、へミス村のへミスゴンパで1年に1回開かれる「へミス・ツェチュ祭」にあわせて日程がくまれています。

へミスゴンパは17世紀にてきたのですが、ラダック王家からの支援があつく、当地で最も裕福なゴンパなのだそうです。


そういうことで、ラダック最大のお祭りだそうです。

毎年チベット歴の5月10~11日(太陽暦の6~7月)、初日はリハーサル、2日目と3日目が本番、特に本番初日の2日目の僧侶による「チャム」(チベット仏教の仮面舞踏)で最大の盛り上がりをみせるとか。

この日ばかりは各地から人があつまるようで、かなり早めに行ったのですが、下の臨時駐車場は車でいっぱい、見物客はそこからシャトルバスで会場のゴンパまで行きます。

我々は幸い、なんとかの沙汰も金次第ということなのでしょう、ゴンパのすぐ下まで車で乗り付けることが出来ました。

会場は入口から盛り上がり、大勢の人が座り込んでいます。


僧、尼僧の席ももうけられており、皆さんスタンバイ。

細長い楽器を吹奏、同じ高地にあるスイスのホルンも長いですね?無関係だと思いますが。
あとは順番に「踊り」が繰り広げられますが、踊りというより足踏みして回転するような緩慢な動き、練り歩きといったほうがよい。
写真ではよく見えませんが、半分めくれているところに掲げられているのは、大タンカ(仏画の掛軸)のご開帳。





10時頃から始まって12時ごろまで続きます。幸い我々は旅行社が手配した正面の椅子席に座ることが出来、楽々と堪能したと言いたいところですが、問題は暑さ。

なにしろ高原の日光が100%降り注ぎます。水をがぶ飲みし、持っていたタオルに水をふくませ頭を覆っていたのですが、熱中症寸前。というか事実、参加者のひとりは熱中症でダウンしました。高山病は免れても思わぬ伏兵でした。

手持ちの携帯温度計は35℃、この時期のラダックの平均最高気温は20℃から25℃といいますから、異常熱波? 参りました。
後半の方では、鑑賞というより早く終わらないかなと念じていました。

(このへミス・ツェチュ祭については、西遊旅行のサイトでくわしく説明されていました。)

マト村に民家訪問

ツアーのメニューに民家訪問というのが入っていました。こういうの大好き。
マト村の石造りの民家に行きます。入口には古いとは言え車が2台、ガイドさんに聞いたら中流のご家庭とのことですが、接待してくださった娘さんも、大学でて役所勤め、裕福に見えます。


広間に食器が並んでいます。親戚などが大勢集まる時つかうのだそうです。

ご主人です。日本のどこにでもいる顔立ち。下の写真で腰をかがめている娘さんもどうみても日本人顔。

地酒をふるまってくださいました。おつまみは麦を炒ったもの。近くの村でしかとれないというヌプラという乳酸を含んだ石で大麦を発酵させてつくるのだそうです。アルコール分はあまり多くなく少し酸味のある味わいでした。
人部屋全体が仏間になっています。



トイレをお借りしました。おどろいたことに下の写真のとおり、穴があって下が見えます。豚でもいる? 横のスコップを活用するみたい。そういえば何で尻を拭く?まさか砂?

今まで、インドネシア、マレーシア、ラオス、ベトナムの僻地の寒村を訪れたことがありますが、ここまで素朴なのは初めて。これが半分朽ち果てたような貧しい家というならまだわかりますが、結構立派な家なのにすごいミスマッチ。
ほかにある?思想の違い?何か深いわけがありどうです。

家の外の作業小屋など。この地域、どこに行っても屋根の上に草がのせられています。冬場の家畜の餌になるようです。

菜園。ビニールハウスになっていますが、冬場は氷点下10℃20℃になる場所ですから、どうなるんでしょうね。さすがに真冬はつくらない? 
菜種、キャベツ、じゃがいも、など結構多品種つくられていました。
冬場はどうやって保存するのでしょうか、漬物文化があるのかな?



バザール


バザール、楽しみにしていました。
旅行での一番の楽しみは絶景や名所旧跡というより、何より市場、露天商。
なのになのに、ストライキで休みなんだとか。
ストライキといったって従業員はストライキやっても、自営商人や露天商が店出すでしょう、そう思っていたのですが、ガランガラン。やっていたのは薬局だけ。

このストライキは、給料上げろではなく、当局に対して他の都市からの大手資本をいれるなというアピールだそうです。
良いことですね。日本でも大手スーパーが来て、地元商店が潰れてシャッター街になっている姿をみかけます。もちろん共存共栄できるところもありますし、消費者にとってはありがたいので、一概に批判できませんが。

それにしても、インドの他の地域や中国だったら、絶対ズルしてスト破りする輩が出てくると思うんですが、コミュニティーの結束が固い、あるいは地域社会が閉鎖的?



建物の隙間からわずかにレー王宮が遠望できました。


というわけで、バザールでの買い物は叶わず。ラダックらしいお土産を書いたかったのですが、レー空港でもごく小さい布製品ショップが1つと小さなコンビニがあっただけ、残念な結果におわりました。ラダックファンは多いようで、リピーターもおおいようですが、費用もかかるし酸素不足は辛く、再訪は無理かな。

プチバザール?

あまり露天の土産物売にはお目にかかりませんでした。王宮の入り口やゴンパのそばには多少の店が並んでいましたが。

これはシャンティストゥーパの入口で編み物をしながら手芸品を売っているちょっと美形のご婦人。細腕で家族を支えているのかな? すみません、かさばるので買えませんでした。



民族舞踊ショー

ラダックでの最後の夜、ホテルで民族舞踊ショーがありました。もともと前庭で行われる予定だったのですが、めずらしく小雨、といっても1ミリにも満たないのですが、雨模様だったので、急遽ロビーにて公演。

戦う様子、大様に酒(チャン)をサーブする様子、ヤクを追う様子など。予想以上にすばらしかった。終了後、観客含めみんなで踊って、大団円。
みんなで記念写真とって演者たちは次の会場に移動していきました。






ニューデリーでのスナップ(ショッピングモールなど)

無事ラダックでの旅程をこなし、最終日は早朝レー空港に移動、午前中の便でニューデリーに行きました。
この空港では午後は軍専用、民間に開放されているのは午前中のみだそうです。

以下、とりとめもなくデリーでのスナップ。

ラダックでは酒類提供禁止令がだされておりあまりお酒と縁がありませんでした。一部のホテルでのビール、自家製のチャンは許されていた?
デリーでも、酒の販売は制限的なようです。ここでは、鉄柵越しではありませんでしたが、カウンター越しに注文、中から出してくると言うシステムでした。


このレストランでタンドリーチキンの昼食。
有名店だそうで柔らかくで味もあり、すごくすごく美味しかった。

スラム地域でのスナップ。意外と、こういうの見かけませんでした。インドも発展した?


帰国便はデリー18時発なので、昼食後、ショッピングモールに連れて行ってくれました。
大規模なモールで、
インド舐めてはいけません。
2025年のGDPは日本を抜き、米中独につづき世界4位になる見込み、その首都ですから当然です。


当然ながらスパイス類は超豊富、それ以外も何でも揃いそう。
お土産にスパイスとインスタントカレーを買いました。
半液体なので機内持ち込みは不可、もう帰るだけだからバックパックは機内預けにしましたが、身軽で結果良し。


痛恨のギー。
ギーが並んでいたのでお土産にゲット。
あとで、ガイドさんいわく、それ火をともしてお祈りするものですよ。
よく見たら、確かに炎の絵が書かれていました。別に料理につかえないことないかもしれませんが、念の為放棄、ガイドさんにひきとってもらいました。


うまくお伝えできませんでしたが、ラダックは気候、民俗ともにインドらしからぬインド。高山病を怖れましたが、無事クリア、行ってよかった。 お勧めです。


(シリーズ終わり)


読んでくださりありがとうございました。普段から健康に気を配られて、機会をみつけ元気に旅行に出られますように。


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